2019年5月28日 5月第4例会

☆ 本 日 の お 客 様 ☆

 米山奨学生 楊 夢瑩(ヤン モンイン)さん

☆ 幹 事 報 告 ☆

櫻井幹事
1.先週お話しましたポリオプラスのTシャツなんですけど、
 申込期日が近いので今週改めて回覧させていただき
 ます。1枚1,500円です。ひとまずは各個人でご購入と
 させていただきます。ご希望の方はサイズを書いて申し
 込をお願い致します。
2.先週の例会でマイロータリーの登録をお願いしましたが、
 この1週間で登録数がずいぶん伸びました。現在登録
 完了の方が20名、未登録の方が13名で60.61%と
 なりました。100%登録を目標にしておりますので、
 ご協力をどうぞよろしくお願い致します。

☆ 新会員イニシエーションスピーチ ☆

☆杉村(綱)会員
 イニシエーションスピーチということですが、私
観音寺の住職になってまだ日が浅いもの
で、5分もつか分かりませんが、どうぞよろ
しくお願いします。
 私の名前の綱祐(こうゆう)というのは
僧名で、祖父が付けてくれました。なので最初からお坊
さんになるんだということで付けてくれたのだと思います。
出家すると、家を出ると書く通り、本来でしたら家もお金も
捨てて名前も捨てるんですね。ですので出家したと同時
に名前も変えます。私は生まれたときから綱祐という名前
でしたが、3パターンありまして、最初から僧名の方、そして
本当に名前を変える方、それと音読み訓読みを変えて、
名前の漢字はそのままで読み方を変える方がいるんです。
本来ですと家庭裁判所に行って名前を変えないといけ
ないんですけど、名前を変える手続きというのはとても
面倒くさいです。なんといっても借金がチャラになるので、
なかなか名前を変えさせてくれません。書類も大量に
出さなきゃいけないと友人が言ってました。なので読み
方を変えるか元から僧名を付けておくということをして
おります。しかしながら、私は最初からお坊さんになり
たいと思ってたわけではないんです。漠然とお寺には
住んでおりましたが、父がお経を読んでるなぁとか、
お葬式の人が来てるなぁというくらいにしか思ってなかっ
たんですけど、やっぱりお正月になりますとお檀家さん
に向けてお札を配って新年のご挨拶に回るんですね。
それを幼稚園の頃からなぜか連れて行かれてまして、
今思うと父の作戦だったと思うんですけど、一緒に行っ
て幼稚園の子が今年もよろしくお願いしますって渡すと
お檀家さんもあら可愛いわねーって言ってお年玉を
くれるんですね。金額は少なくても何十件も回りますと
それだけお年玉が増えますので、お寺っていいなぁー
とその時思ってしまいました(笑)。お寺に入ろうと思った
のは大学生に入ってからです。大学は仏教系の大学
で、池袋にあります大正大学に入学しました。そこの
仏教学課という特別な学課があるんですけど、夏と冬
に1週間ずつ本山の方に行きまして行(ぎょう)という
ものを単位を取るためですが体験するんです。それ
までは実は私は金髪だったんです。そのうえ正直素行
もあまり良くなかったので、そこで出会った先生の単位
が取れなかったんですね。お寺の先生なんですが、
追試ということで作文を書かされまして、それを自分の
寺まで持って来いと言われまして、金髪でアロハを着て
雪駄を履いた格好でお寺に行きました。普通ならそんな
格好で言ったらお坊さんなんだからと窘められるところ
なんですが、先生は「いい髪型だな」と、褒められたわけ
ではなかったんですけど、そう言われました。先生は、
金髪でもピアスしてても刺青入っててもいいんだと、ただ
その格好でおじいちゃんおばあちゃんの前で拝んで、
ありがたいって言ってくれるなら容姿なんか関係ないん
だよ、頑張れよって言われまして、漸くそこで自分を見
直すことができました。それからはこのような短髪にして
過ごしております。大学を卒業した後に奈良の長谷寺の
本山の研修所に2年間通っておりました。ここは山の上
にありまして、階段が399段あるお寺なんです。そこで
2年間、朝は5時には起きて掃除をして5時半に勤行して、
朝ご飯を食べてその後また諸堂の掃除をしてお昼の
法要に出て、先生から勉強を受けてまた夕方の勤行に
出てまた夜の勉強会に出てというとてもハードな2年間
を過ごしておりました。しかしながら大学を卒業してその
まま住職になるよりもいろいろ勉強もできましたし、いろ
いろ感じることもできましたので、それはそれで良かった
なと思っております。2年間の研修所を卒業した後に、
宗務所というお寺の会社のようなところですかね、池袋
の護国寺の境内に全国のお寺の中心になるような会社
があるんです。そこで私は財務部に所属しておりまして、
各お寺さんから来ますお金を管理したり補助したりという
仕事をしておりました。そこで7年間勤めておりましたが、
6年目に入ってすぐに先代の観音寺の良哉さんが亡く
なりました。前日に体調が悪いということを聞いておりま
して、私と若いので病院へ連れて行ったんですが、疲れ
でしょうということで1日検査入院という形で点滴もせず
にベッドに寝てるだけだったんですけど、入院措置という
ことになりました。帰るとき昼だったんですけど、食事で
出たおかゆを先代は空っぽに食べてまして、おかわりは
ないのかって言ってるくらい元気だったんです。ですけど
その日の夜に急きょ体調が悪化したということで深夜に
電話がありまして向かいましたら、酸素吸入器や点滴を
付けていて息も絶え絶えという状態でした。来ていた
お医者さんには今夜がヤマかもしれませんと言われまして、
その日の夜に亡くなりました。その後観音寺は住職が
遷御されましたので、しばらくは無住寺院と言いますか、
所属がいない寺院となっておりました。その中でうちの
清勝院の住職である父か父の弟にあたる叔父が観音寺
の住職になるだろうという話だったんですが、どちらも
自分のお寺を持っているということで、そうするとどうして
も観音寺と兼務寺ということになってしまいますので、
それだったらということで息子である私が観音寺の住職
に就任した方がいいんじゃないかと言われまして、宗務
所を7年勤めあげて退職し、観音寺の住職となりました。
私はうちの清勝院の副住職でもあるんですが、ほとんど
お寺の業務を経験していなかったので、最初は何をやっ
たらいいのか全然分かりませんでした。まずは名簿を
作って檀家さんの名前を覚えるとかやってました。今で
5年目ですけど、やっと檀家さんの顔も覚えまして名前
と一致するようになりました。そうして私が思うことは、
観音寺だけではないですが宗教界として檀家さんとの
繋がりが希薄であるんじゃないかなと感じております。
例えば納骨する時は自分のお寺さんよりも霊園に入る
ですとか、霊園よりも樹木葬、海に撒いて埋葬すると
いう方が増えているような気が致します。ですので、
観音寺としてもなるべく檀家の皆様や地域の皆様と
一緒にお寺はこういうものだよということを広く伝えて
いきたいと思っております。小さいところからこつこつと
というわけではないですが、先代の住職が毎年八潮RC
で花まつりをやってたかと思うんですが、来年の春には
再開してお寺を地域に発信していきたいと思います。

しかしながら日本人は拠り所を求める人種のようで、
例えば海洋葬をした方がお盆のお墓お参りは現地まで
行かなきゃいけないんですかと聞かれたことがありました。
また今はネットのカード決済でお葬式が大変安くできるそう
ですが、私が言いたいのは呼ばれたお坊さんは誰だか
分かりますか、と言いたいです。もしかしたらお寺を持って
ない袈裟を着ただけの方かもしれません。私から見たら
袈裟を見て本物か偽物か分かりますが、一般の方では
判断できないかと思います。

☆  米 山 奨 学 生  卓 話  ☆

☆楊 夢瑩さん

 皆さんこんにちは。昨日は歓迎会を
開いていただき、ありがとうございました。
早速ですが、今日は私の過去、現在、
未来についてお話させていただきます。
私の名前は楊夢瑩(ヤン・モンイン)と言います。
インという感じは火が二つなんですけど、よく蛍ですかと
聞かれますので、分かりやすいようにいつも片仮名で
書いてます。ニックネームは「ヤンヤン」です。子供の頃は
男の子っぽいってよく言われてました。私は6月1日
生まれで、中国の子供の日なんです。なので今年も
もうすぐで26歳になります。私の出身地は中国の
河南省です。この河南省という
名前は地域の大部分が黄河
の南にあるため河南省と言い
ます。四季がはっきりしている
ので寒暖の差が激しいです。
7~9月はよく雨が降っていま
す。河南省は古代の中原の
中心地なので歴史のある
ところです。河南省の人口は
2018年現在で1憶906万人が
います。日本の総人口が1憶
2623万人なので、比べると
河南省の人口は多いですね。
私の家は周口市にありまして、
河南省の中では第3位の人口です。私の大好物は辛い
スープで、よく朝に飲んでいます。自分で作るのではなく
てお店で食べてます。材料はキクラゲ、春雨、ネギ、湯葉、
牛肉、豆腐、ピーナッツなどが入ってます。河南省は中国
全体では北の方なので、南の方よりは粉食が多いです。
日本に来る前は鄭州大学の国際学院で日本語学科に
在籍して、日本語を4年間勉強してました。みんな寮に
住んでました。卒業する時は私はもう日本に来てたの
で、卒業写真が撮れなかったのが残念です。うちの
大学は授業が始まる前に1ヶ月くらい軍隊みたいな
訓練をやります。学校が始まるのが9月の頭なので、
体質を改善するためにやります。高校生の時もこういう
訓練が1週間くらいありました。担当の先生は本当の
軍隊の人がやってくれてます。1ヶ月訓練をやると、
みんな肌が黒くなってます(笑)。学校の活動にも積極
的に参加してまして、国際文化祭のとき日本人の先生
と日本語学科の先生とみんなと一緒にソーラン節のダンス
をやりました。みんなダンスを覚えるのが苦手だったので、
結構時間が掛かりました。学校では日本語の五十音を
覚えるところからやっていきました。発音するのが結構
難しくて苦労しました。そういう勉強をやって来て、やっと
五十音順を覚えて毎日単語や文法、文章を暗記して
ました。他の学部生が外で遊んでいたりカラオケに行って
たりするのがすごく羨ましかったです。うちの大学の中
で一番辛いのが外国語学部で、その中でも日本語
学科は一番辛いと言われてました。私は日本語につい
て4年間勉強して一番レベルの高いN1に合格して、
これからどうするかと考えたときに、もっと自分の視野を
広げたいと思って日本の大学院に進学しようと決めま
した。日本に来てから文教大学に3年間いました。まず
は留学生別科で1年間日本語を勉強して、大学院に
入るという時に研究テーマはどうしようかなと考えて、
文学部の研究生でもう1年やっていてテーマが決まりま
した。その後大学院の試験を受けて大学院に入って、
今は自分の研究テーマに沿って研究しています。私の
研究テーマは「中国にルーツを持つ子供たちの家庭状況と
学習の関係性について」です。なぜ文教大学なのかと
いうと、うちの大学の先生の授業を聞いていてすごく
楽しい感じでした。自分の日本語の能力も伸びてて、
私自身も成長してきたなと思っていて、先生が文教の
卒業生だったので先生の学習環境がどういうものなのか
に興味を持つようになりました。なので私も文教大学に
行ってみようと思うようになりました。文教大学の入学式
はすごく立派なところでやったんですけど、私の通う
越谷キャンパスはそんなに立派なところじゃなかったので、
ちょっと戸惑いました。その時初めてスーツを来たんです
けど、すごく違和感がありました。その後パーティーがありま
して、いろんな国の人の前で日本語を話すのがすごく
不安で緊張してました。私の勉強してきた日本語が通じ
るか心配だったんですけど、無事終わってすごく楽しかっ
たです。それから越谷市内を観光したり能楽堂に行って
能楽について説明していただいて、すごく勉強になりま
した。夏には浴衣を着て留学生と日本人の学生とで花火
大会に行きました。なぜ夏に花火をやるのか疑問でした。
中国ではお正月にやります。それから鎌倉や箱根、日光
にも行きました。そうして文教大学の別科生として1年間
終わって、この時は研究生でゼミの皆さんと学習に行って
個人個人の研究テーマについて発表したりパーティーをやっ
たりしました。大学院生になって、また別の先生の下で
研究してます。学校生活以外でも他の活動に参加させて
いただいていて、学校の先生の推薦で学習塾に参加し
て今もやってます。それ以外でも私は小学校の日本語
もやってまして、中国人の子供の日本語を教えています。
指導した中国人の子から感謝の手紙をもらいまして、すご
く感動しました。私が一番印象深いのは給食が美味しい
なぁと思いました。中国の小学校では給食がないので、
お昼にみんなで食べるのはすごく良い体験だと思いまし
た。それ以外にアルバイトで、クリスマスの時にコンビニでケーキ
販売をしてました。今はドラッグストアでバイトをしてます。アル
バイトを通して接客の大変さとかお客様にいいサービスを
提供する重要さを感じまして、これから自分もどうやって
いくのか考えるようになりました。日本に来てビックリした
ことは、ゴミ箱がほとんどないのに街がきれいだということ
です。ゴミを持ち帰るのとか、食べ歩きもあまり見られない
ので街がきれいな要因なのかなと思いました。中国は
食べ歩きが多く、街も汚いです。あとはサービスがいいとこ
ろや、最初空港に着いたらスタッフの皆さんがすごい笑顔で
あったかい感じがしました。自分が分からないときがあれ
ば聞いたら連れて行ってくれたり教えてくれたりと、すごく
優しいなと思いました。あとは空がきれいで空気がおい
しいなと思います。来る前はちょうどPM2.5がひどい時期
だったので、その頃は写真をいっぱい取って中国の友人
や両親に自慢したりしました。あとは女子高生が冬なのに
スカート穿いてたりとか、大学の日本の友人が家が遠いのに
自宅から通ってたりするのも不思議に思いました。他にも
日本の果物の値段が高いなと思ったり、カラスの数が多い
なと思ったり、人身事故が多いなとか、割り勘が多いな
とか、日本人はよく自分から謝るなとか、日本人はマナー
をきちんと守る人が多いなとか、日本のトイレもきれいだし、
仕事に対して本当に熱心だなとか思いました。私はスヌー
ピーが大好きで、中国ではそういうイベントもないので日本
に来て美術館に行くのが楽しいです。あとは食べるのも
好きです。ロータリーとは日本に来て食文化交流会で初め
てロータリーの活動に参加しました。これからも積極的に
ロータリーの活動に参加して、本当にお世話になってるの
で感謝の気持ちを持って周りの人の力になれればと
思います。今後は今就活もやっていて、日本で就職して
できれば20~30年後には自分の会社を作ろうと思って
ます。そして両親を日本に呼んで、私は一人っ子なので、
これからも両親の面倒を見ないといけないですから、まず
は頑張っていきたいと思います。

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ロータリーの目的

ロータリーの目的は、意義ある事業の基礎として奉仕の理念を奨励し、これを育むことにある。具体的には、次の各項を奨励することにある:

第1 知り合いを広めることによって奉仕の機会とすること;

第2 職業上の高い倫理基準を保ち、役立つ仕事はすべて価値あるものと認識し、社会に奉仕する機会としてロータリアン各自の職業を高潔なものにすること;

第3 ロータリアン一人一人が、個人として、また事業および社会生活において、日々、奉仕の理念を実践すること;

第4 奉仕の理念で結ばれた職業人が、世界的ネットワークを通じて、国際理解、親善、平和を推進すること。

四つのテスト

1.真実かどうか

2.みんなに公平か

3.好意と友情を深めるか

4.みんなのためになるかどうか

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